2011年5月31日火曜日

アコーディオンの練習

50肩のためにアコーディオンが弾けなくなって1年間休んでいた松原アコーディオンクラブ。やっと今週から復帰することにしました。右の50肩と腰痛で2年近く満足に弾けず、右肩が治って喜んでいたら次は左の50肩。両肩ともやられるなんて、と自分の肩をうらみました。

でも、もう蛇腹を半分ぐらい開くことができ、1枚リードでジャバラの開閉を少なくてすむようにすればナントカ弾くことができるようになりました。また、幸いなことに肩は2つしかなく(アタリマエ)、もう50肩で弾けなくなることはなさそうです。

少し前から新しい簡単な曲の練習を始めていました。今日は、久しぶりに昔弾いていた曲を弾いてみました。予想どおり、弾けなくなっている箇所がたくさん。でも、指が覚えていてくれていて、難しい箇所でも弾ける部分もあります。

昨日までは、1日30分までしか弾いていなかったのですが、今日は1時間ぐらい弾きました。でも、練習した!という満足感はありません。小さな音で、しかもジャバラのアウト・インは肩の痛くなったところで切り替えるので「曲」にならないからです。

昨日のブログに書いた「オブリビオン」も弾きかけたのですが、本腰を入れて練習しなければならない難しい編曲(私にとっては)だということが分かり、今すぐ練習を始めるということはあきらめました。
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2011年5月30日月曜日

オブリビオン~忘却

大石直紀の「オブリビオン~忘却」(角川書店)を読みました。
この小説の題「オブリビオン」は アルゼンチンのタンゴの革命児といわれたアストル・ピアソラが1980年代半ばに流行らせた曲です。アコーディオンでもよく演奏される曲です。

小説の中には「淡き光に」「ラ・クンパルシータ」「アディオス・ノニーノ」「リベルタンゴ」…有名なタンゴの名曲が出てきます。バンドネオンという楽器が、父・息子・孫娘と三代にわたって弾き継がれる〈家族〉の歴史が描かれています。

主人公の(後にプロのバンドネオン奏者となる)梓は、6歳までの記憶がありません。実の父、信彦が母を殺し?、逃亡生活の末、生まれ育ったアルゼンチンにたどり着きます。信彦は昔、自分の父親を殺し、身代わりとなって服役した母親と別れて日本に逃れてきていたのですが、すでに出所していたその母親に再会します。


複雑な人間関係と殺人が絡むこの小説に「オブリビオン(忘却)」という題がとてもふさわしく感じました。あの哀愁漂うメロディーもこの小説にピッタリです。

とても読みやすい小説で、一気に展開を楽しみながら読むことのできるのですが、内容に薄っぺらさがあることは否めません。信彦のとった行動(読んでのお楽しみ)の背景がきちんと描かれておらずイライラ感をおぼえてしまいますし、人間性の否定的な側面を強調しすぎており現実感に乏しい小説になってしまっています。

でも、梓がバンドネオン奏者として演奏するラストシーンのおかげで、とても気持ちのよい読後感を味わうことができました。

私には難しすぎる「オブリビオン」をアコーディオンで弾きたい気持ちにさせられてしまいました。昨日のビバアコで買った曲集に偶然この曲が載っていました。挑戦しようか、止めようか、迷っています。
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2011年5月29日日曜日

第25回ふれあいこんさあと ビバ・アコーディオン

ビバアコ本番。あいにくの台風接近のため、毎年和歌山から参加している子どもたちのクラブ、「弘龍庵アコーディオンクラブ」が大事をとって不参加になりました。

会場は初めてのSAYAKAホール。台風接近のためなのか、一般参加者が少なく感じました。

私の担当だった「体験教室」も参加者が少なく、5名の参加者のみ。

体験用の楽器を提供していただいたトンボ楽器の真野社長がのぞきに来られ、このブログ用に少し弾いていただきました。わずか11秒の映像です。

今年のビバアコでは、アコ愛好家から2台の寄付があり、そのアコを抽選で参加者にプレゼントをするという25周年ならではの「大抽選会」がありました。

また、42のプログラム外として、実行委員の杉村壽治、和田道雄、吉田親家三氏の特別演奏も。

独奏、重奏、合奏といろんな演奏がありましたが、その中から独奏曲をいくつか紹介します。紹介曲も演奏の一部のみです。演奏をされた方には一部だけを切り取って紹介することは大変失礼なことですし、通して聴いて初めてその演奏の「よさ」が分かるのですが、安物のデジカメで撮った録画ですので容量に限りがあり、またブログの容量が気になることもあり一部のみとなることをお許し下さい。
Nさんのスノー・トレインシャフル

Sさんのクロードへのタンゴ

Mさんのチリ

Eさんの「仮面舞踏会」より ワルツ

いわつなおこさんのブルー・タンゴ

真野照久さんの帰ってきたツバメ

我が松原アコーディオンクラブの「フィンランディア」は人数が少なくて心配していたのですが、まとまりのある素晴らしい演奏でした(ひいき目?)。

フィンランディアは9月24日の吉田親家77コンサートでお聴き下さい。お待ちしております。
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2011年5月28日土曜日

不戦の誓い・橋下知事には辞めていただくしかありません

27年も前のことですが、羽曳野市の教職員の平和教育資料として「不戦の誓い=語り継ぐ戦争体験=」という冊子を作りました(私が発行責任者となり、現職の教員や校長、市内在住者、被爆者などから多くの体験記を寄稿していただきました)。

大阪大空襲のとき、編隊を離れた数機のB29が羽曳野の高鷲村に焼夷弾を落としていったこと、道ばたに生える草を食べていたこと、赤紙を受け取り「バンザイ」の声に送られ「お国のために」村を離れたときのこと、学校の宿題としてイナゴをとって学校に持って行き、戦地の「兵隊さん」に送ったこと、2ヶ月に一度2足の運動靴を5年生全員でくじをひいて配給にありついたこと、女の人がおんぶしている赤ちゃんの首がないのに気づかず逃げ回っていたこと、被爆者を看護しながら自身も放射能により洗面器に3杯のドス黒い血を吐き、生死をさまよったこと…、読むのがつらくなる生々しい体験談が次々と。

その冊子の編集後記に「あの暗黒の時代をくり返さないため、私達に与えられた課題は決して小さくはありません」などど書きました。

なぜ、こんなことを今頃書くのか不思議に思われるかもしれません。悲惨な戦争を起こした反省のもとにつくられた憲法が危機に瀕しているからです。最近のニュース、大阪の橋下知事の動きには我慢も限界。

「思想・良心の自由(憲法19条)」や「憲法擁護義務(憲法99条)」などを守らない知事には辞めてもらうしかありません。

「大阪維新の会」が教職員に「君が代」斉唱時に起立を強制する条例を作ろうとし、知事は従わないものを懲戒免職にする条例案を公言。東京高裁でさえ「日の丸・君が代」強制に従わなかった東京都の教職員への「処分」を取り消し、「憲法19条に違反するのが通説的見解」と断じています

昨年、大阪府の任命式で歴代知事では初めて橋下知事が新入職員を起立・「君が代」斉唱をさせ、「思想信条の自由とかいってる場合じゃない」と発言、というより怒鳴ったのです。

今回の一連の動きに多くの団体や個人が抗議の声をあげています。ぜひ下記のものはお読み下さい。大阪弁護士会の会長声明です。
http://www.osakaben.or.jp/web/03_speak/seimei/seimei110524-2.pdf

日弁連の会長声明です。
http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/statement/110526.html

教育との関連に重きを置いた大阪教育文化センター のアピールです。
http://www.osaka-kyoubun.net/

橋下知事が一斉地方選挙中に「公約」として語っていたものは、大阪で遅れている「中学校給食の実現」だったはずです。この公約こそまず実現すべきです。突然、憲法違反の条例を出してくるとは…。府としてやるべきことはたくさんあります。学校の耐震化工事、教育条件整備こそ本気でやっていただきたいことです。教育の中味に口出しすることは行政に許されていることではありません。
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2011年5月27日金曜日

太陽を曳く馬

高村 薫の「太陽を曳く馬」上・下(新潮社)を読み終えました。

(上)はすでに図書館に返却して、写真はナシ。

私にはこの本を一気に読むことができませんでした。そのため、(上)だけを返却し(下)は「延長」して借り、ヤットコサ読み終えることができました。気分転換に途中で他の本に手を出さざるを得ませんでした。

この小説をスラスラと読むことができる人がいるのか?いたら会って話してみたい!と思うほど、最初から最後まで延々と仏教論や現代美術論が展開されます。その道に通じている人でなければ理解できないであろう専門用語のオンパレード。

物語は二つの事件が交錯しながら進んでいきます。発達障害を持つ若者が同居女性と近所の全く関係のない男性を玄翁で殺してしまう事件と局在関連性てんかんという持病を持つ青年が道路に飛び出して死亡する事件。

どちらも真実が解明されないまま物語が終わります。

ある箇所を少しだけ紹介しますと
…しかし、そうして言葉を離れ、一切の名前やかたちを離れ、あらゆる欲望と執着を離れた先に残る無為のダルマーアビダルマの分類では、無為のダルマのなかでも、もはや一切の縁起が停止して有為が不成立となる非択滅のダルマでございますが、一般に涅槃寂静と呼ばれるこれが、ほんとうに真如だという証拠はあるだろうか。いわゆる〈対象a〉の気味悪い虚空ではないという証拠はあるだろうか…

この文はまだ読みやすい方。オウム真理教関連の論争では、宗教用語がこれでもかと繰り出され、理解することなく字面を追うだけの「私」が存在するのみ。

現代美術の表現にしてもしかり。作者が対談でこう語っています。
現代アートは、二〇世紀のどこかで行き詰まって、その結果ウォーホルみたいないわゆるポップアートへ行ってしまった。そこを、画家になったつもりで、その行き詰まりに至った理由を考えようと思ったんです。例えば、ミニマリズムやあるいは抽象表現主義と言われていた人たちが、実は究極のところまで行ってしまったとしたら、次世代の人たちはもうやることがなかったのではないか。その究極の一人がマーク・ロスコです。色面だけしか描かなくなった。

本の表紙にこのロスコの絵が使われているのもそのためです。

「読書」の嫌な思い出がよみがえりました。中学生のとき夏休みの「課題図書」だったパール・バックの「大地」を読みかけ、当時の私には苦痛しか感じず途中で放棄してしまいました。それ以来(それ以前も)読書嫌いな中学生となってしまったのです。高校時代までそれが続きました。大学に入ってからです、読書をするようになったのは(そのほとんどは小説ではありません。小説嫌いを脱したのはもっと後になってからです)。

そんなことを思い出してしまったほど難解な本でした。内緒ですが、高村薫を私にすすめたのはチカコ。ほかの著作の中にはいい本もあるそうですが、もう高村薫のものはしばらく読みません。

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2011年5月26日木曜日

おすすめのアコーディオンの本(2)

このブログの10月29日付投稿で初めてアコーディオンの「おすすめの本」を書きました。そのときにご紹介したのは渡辺芳也著【アコーディオンの本】、尾上隆治著【手風琴の本】、【cobaのワンポイントレッスン】でした。

もう一冊紹介し忘れていた本があります。2007年にお亡くなりになった金子元孝氏の「アコーディオン愉し」(ベル企画)です。

この表紙のイラスト・デザインは著者本人の手によるものです。お亡くなりになった今、この本が手に入るかどうか…自信がありません。

金子氏は後継者を育てることはもちろん、いろんな活動をされてきた方です。この本にも紹介されていますが、「アコーディオン・コレクター」としてNHKテレビの「音楽の広場」に出演されているほどの方です。

「わが国における三つの黄金時代」という項には、アコーディオンの三つの時代の「大ブーム」のことが書かれています。第一期が明治30年代。第二期が昭和10年代から20年代。全国の楽器店が競って10台以上も店頭に飾っていたそうです。第三期が「うたごえ」ブームの影響を受けた60年代。アコ専門店には一度に百台以上ものアコが入荷していたとのこと。

「下手くその原因を探る」、「日本一のアコ弾きって誰?」、「悪い癖をクリーニングする」…おもしろいエッセイがいっぱいです。

ここからは、全く関係のないお話。やっと待ち望んだアマリリスの花が咲きました。咲いている期間が短いのでここで紹介させて下さい。

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2011年5月25日水曜日

一瞬のヒバリの映像

天気予報によれば明日からしばらく雨模様。のんびりお散歩できるのは、しばらくおあずけとなりそう。そこで、新しい散歩コースを開拓すべく、初めて西へ西へと歩いてみました。

車で走ったことがある道をなるべく避けて歩いたのですが、結局半分は車で通ったことのある道。お隣の大和高田市に入ると、おもしろい名の居酒屋発見。田んぼの向こうに「たんぼ」という店が。思わず写真を撮ってしまいました。

葛城川を超えると、大和高田市総合公園が。遙か彼方に見えているのは二上山です。

公園の中には「コミュニティプール」と「夢畑」、グランドなどがありました。プールをのぞくと、若い方はインストラクターだけ。あとはオバ(ア?)サマ族(失礼)が圧倒的多数。

あちらこちらでもうすぐ田植えの季節であることを感じました。苗代にはもう植えられそうな背丈の苗が。

今日も雲雀のさえずりをあちこちで聞くことができました。昨日失敗しているので今日こそは動画に、と意気込んだのですが 結局また失敗。一つ目は映像のみ(すぐに飛んでいきましたので一瞬です)。二つ目は鳴き声のみ。


しばらく行くと、車でたまに行くジョーシンが見えてきました。腰が少し痛くなってきたので西へ行くことはあきらめました。ちがう道で帰ることに。南へ行くと車中からしか見たことのなかった葛城市体力づくりセンター「ウェルネス新庄」が。ここにもプールがあります。駐車場には多くの車が。

すぐ近くに葛城市立新庄コミュニティセンターが。グランドも備えた施設です。あいにく休館日。

ここからは、我が家に戻るべくひたすら東へ。すると車から見たことのある池の横にクレーン車が止まっているので不思議に思い、堤に上って池をのぞくと、そこはヘラブナの養殖池でした。歩いたからこそ分かったことです。

寄り道しながらのお散歩は2時間と少しだけ。家に着く少し前から腰の痛みが増し、限界ギリギリ。なさけないオジサンです。家に着くと用事で来ていた娘夫婦が帰ろうとするところでした。ドタッと横になろうと思っていたのですが…。
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2011年5月24日火曜日

すがすがしい運動公園・ヒバリのさえずりも

以前ご紹介した散歩コース、橿原運動公園。雨上がりで空気が澄み、すがすがしい気分で散歩ができました。畝傍山も今日はとてもきれいで、遠くの山もはっきりとその姿を見ることができます。

中学野球の審判員講習会が野球場で行われていました。

テニスを楽しむ大学生とおぼしき若者の姿も。

公園は日に日に緑が多くなり、空気もおいしく感じられます。植えられている花は我が家の庭と同じく少し色あせてきたように感じます。

前回ご紹介できなかった市民プールの直線スライダーとボートに乗って滑るアップルヒルコースター(わが子を連れていっていた頃にはありませんでした)。あと1ヶ月チョットでにぎやかな歓声が聞こえてくるのですが、今はシーンと…。

公園のすぐ近くに市民農園があり、その横が麦畑になっています。そこで見事な雲雀の舞いを見ることができました。中空でいったん静止し、さえずりを残して一気に地上へ。カメラにおさめようとしばらく待っていたのですが、二度目はナシ。鳴き声だけは聞こえていたのですが。

帰るときには日が差してきて、清々しさが半減。でも気持ちよく散歩を終えることができました。
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2011年5月23日月曜日

四国“お遍路”の旅

広島アコーディオン教室のブログ(5月17日)に…「四国遍路」とH・Tさん(ミスターT)…と題した記事がありました。アコーディオン教室に通うHさんが7年前に四国八十八箇所を「歩き遍路」された記録のことでした。

そのブログに「読みたい」旨の投稿をしたところ、Tさんが郵送してくださったのです。安易に投稿したことを悔いる私。誠実で実直なTさんの善意に甘えるかたちになってしまいました。

今日、その「記録」を読みました。

当時70歳のHさんが総延長1200kmを40日かけ、自動車を使う人が圧倒的に多い中、歩き遍路を。ネットで調べてみると、年間およそ30万人の遍路のうち5000人が歩き遍路と推定されているぐらいの少数派。

「記録」を読むと、今の私には到底できそうにない歩き遍路。ウィキペディアによると「現代においては、従来の信仰に基づくものや、現世・来世利益を期待する巡礼者も引き続き大勢いるが、1990年代後半からは信仰的な発心よりも、いわゆる自分探し、癒しとしての巡礼者が増えたといわれている」ようで、Hさんは「宗教には無関心」ながら「日本の多神教についての好奇心」や「古希を迎えての体力試し」など、複雑な思いからの出発となったようです。

お遍路は「参拝用品」の購入から始まります。白衣、金剛杖、菅笠、輪袈裟、納め札、経本、納経帳、数珠、頭陀袋…しめて16500円。

途中二度、所用で広島に帰られていますが、病気やけがでの中断はなく、見事結願(けちがん)。日記には心温まるエピソードがいくつも記されています。道中で見知らぬ人からトマト、甘納豆、ヤクルト、缶コーヒー、現金などの“お接待”を受けられたり、宿での気遣い、初めて出会う他のお遍路さんとの交流…。

学生時代に長い夏休みを利用して、友人と二人乗り自転車で大阪から兵庫、岡山、広島、山口とサイクリング旅行をし、別府から八幡浜に渡り、足摺、高知、大歩危・小歩危、吉野川沿いに徳島へ。そのときに通ったところが何カ所か出てきました。この「記録」を読みながらそんな遠い昔の思い出にしばし浸ることもできました。

自動車での遍路では得られないであろう貴重な体験記を楽しく読ませていただきました。作者のHさんとこの記録に触れさせていただいたTさんに感謝します。
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2011年5月22日日曜日

我が家に新しく咲いた花

我が家の庭の雰囲気はずいぶん変わりました。ハナズオウ、紫木蓮、椿、チューリップの花はすでになく、新鮮な若葉が増えて庭は緑の面積が増えました。鉢やプランターの花は、咲き続けてくれてはいますが、かなり色あせてきています。

今日は、新しく咲き始めた花やもうすぐ咲く花を紹介します。今一番きれいな花がアッツザクラとトリニア、そしてロベリア。

咲くのを心待ちにしているのは、アマリリス。つぼみが徐々にふくらみつつあります。

バラやラベンダー、その他の花はまだまだこれからという咲き具合です。

もう一つ楽しみなのが、ユリ。かなり背が高くなってきましたが、花が咲くのはまだまだ先のことですね。
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2011年5月21日土曜日

羽曳野市退職教職員の会

当麻寺のすぐ近くにある現職教師のNさんが所有する「別荘」をお借りして、羽曳野市退職教職員の会のパーティー(同窓会のようなものです)が開かれました。昨年、初めてその会に仲間入り。今回は人数が少なかったのですが、昔話や今の教育のこと、東日本大震災のこと…、話題は尽きません。

お借りした「別荘」は二上山の麓で、当麻寺のすぐ近く。
左下、車の停まっている家

当麻寺の東塔と西塔がよく見えます

今回は「海鮮」バーベキュー。魚をさばくことなど下ごしらえはY氏が。料理の腕前は一級品でアリマス。豆ご飯のおにぎりやイチゴ、サクランボなどの差し入れもありました。私は焼かれた魚やその他の料理をもっぱら食べる役。

昼間から発泡酒とビールでいい気分に。久しぶりにシャベリタイことを思うがままにシャベリ、楽しい時間があっと言う間に過ぎていきます。
まずは、乾杯

魚、イカ、タマネギ、ジャガイモ…



私をいれて11人
 
 もちろん楽しい話ばかりではありません。病気で手術したこと、若くして亡くなられた方のこと、家族の介護のこと…。でも、どの方もいろんな活動をされながら、充実した退職後の生活を送られています。

秋の再会を誓って、オヒラキに。私を含め3人で当麻寺の西南院で住職をされている大先輩のところへ。3月4日のブログで紹介した住職です。ボタン祭りと5月14日の「練供養会」という大きな行事を終え、私たちが訪れたときは参拝客がチラホラ状態。

西南院のボタンはすでにせん定されていて 、咲いていた主な花はシャクナゲとシャクヤク。

住職は庭で作業をされているとお聞きし、庭園へ。この庭園には有名な水琴窟があります。聞き取りにくいかもしれませんが動画を撮りました。音量を上げてお聴き下さい。


次回はもっと多くの仲間が集まることを願っています。
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