2011年3月18日金曜日

懐かしき友への手紙

三木卓の「懐かしき友への手紙」(河出書房新社)を読みました。

耳・指・膝・肌・眼・咽喉・血・歯・胸という9つの短編連作集。作者のあとがきによると「人生空間を肉体の部分別にわけて、大小のドラマを編集して象徴化するようなものがたり」です。


中国の大連で幼年期を過ごし、敗戦で引き揚げを余儀なくされ、帰国途中で父、祖母らを亡くした作者の実体験に基づく自伝的な「小説」で、登場する人物も実名のようです。

作者自身が幼い時からの「小児マヒ」や喘息、アトピー性皮膚炎…の経験があり、そして心筋梗塞で倒れて手術を受け生還したという。そんな彼自身の病やけがのことを始め、家族や知人の病と死について、多くのページが費やされています。

例えば、「指」で京都の名高いお菓子「八橋」をとりあげ、江戸初期に活躍した「箏」の元祖とでもいうべき八橋検校という盲目の音楽家を紹介する中で、昭和の「箏」の天才、宮城道雄のことを書いています。その宮城道雄を「眼」では、盲目のため列車のデッキから転落死したことを亡き母の思い出としても語っています。

彼の周りでは次々と「不幸」が襲ってきます。妻が60代で倒れ、長男の急死をきっかけに後を追うように亡くなり、「戦前・戦後の家族共通の思い出を語れるのは、兄だけ」になり、その兄が肺がんで亡くなり…。

あとがきで、「生死は、個人でどうできるものではないが、人はあちこちこわれながらも、勇敢にたたかっていく。そしてわれわれが(略)、人間であることは、はるかにおもしろいことだった。だから、すべては満足と感謝のなかにあるのである」と述べています。

生きることに対する「愛」を描いた作品です。「出会った人々、親・兄弟も含めて、みな懐かしい友」、「彼らに愛と感謝をおぼえないではいられない」という作者の温かい心がじわっと伝わってくる作品です。
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