2011年3月31日木曜日

ぞうれっしゃがやってきた=その後2=

昨日に続いて、「ぞうれっしゃがやってきた」の取り組みに私と妻のチカコを誘っていただいたNさんのお宅を訪問させていただきました。

昨年の11月28日、偶然にも再会できたNさん。そのNさんに「ぞう列車合唱団をまたいっしょにやりませんか?」と声をかけていただくことがなかったら、1月23日までのあの素敵な時間は過ごせなかったのです。


人のつながりって本当に不思議なものだ、ということをあらためて実感させられました。羽曳野でご一緒させていただいたこと、そしてNさんが葛城市に引っ越しをされていたこと、そしてたまたま同じ店で同じ時間帯に食事をしていたこと…、この3つのうちどれか一つが欠けていたら…。


Nさんは元羽曳野市の保育士で、70歳を超えた今もとってもお元気です。昨年は1年間に100回以上も二上山に登られたほど。足をけがされた後も再び挑戦。「ぞうれっしゃがやってきた」コンサートを大成功させた後、再び二上山にチャレンジし、杖をつきながらもチャレンジ4回目には頂上まで。

今日お話を伺うと、山登りの愛好者の集まりである「オオヤマレンゲ山の会」に所属されていて、あちこちの山に登られているとのこと。奈良県だけでなく近畿の他県の山にも何度か登られているそうです。

明日から東北大震災の被災者である栃木県にお住まいの息子さんのところへ行かれるそうです。東北だけに目がいきがちですが、栃木県も少なからず被害を受けています。息子さんだけ会社で寝泊まりし、他のご家族は別の場所で生活されているとのこと…。

今日も、「ぞうれっしゃ」の「舞台監督」Nさんからいっぱい元気をいただくことができました。
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2011年3月30日水曜日

ぞうれっしゃがやってきた=その後=

1月23日に上演した「ぞうれっしゃがやってきた」の記念写真と文集(どちらもA4版大)を10日ほど前に送っていただきました。

文集には、全ての団員・スタッフの感想やアンケート結果、報道された新聞記事などが載せられていました。「本番」後の事務局の努力に感謝の気持ちでいっぱいです。

今日、「ぞうれっしゃ」関連で、2軒のお宅を訪問させていただきました。

まず、ご夫婦で「副委員長」と「会計」をされていたWさん宅へ。会計をされていたWさんは、かつて同じ学校に勤めていた関係で、以前にも訪問させていただいたことがあります。お礼を述べるだけのつもりで行ったのですが、お互いの家族の近況や健康のことなど話が尽きず、つい長居してしまいました。

そこで思わぬお話が…。副委員長のWさんはギターを弾かれていて、ボランティア演奏などをグループで行っておられます。昔の古いアコーディオンを使えるようにし、それも使ってみたい…とのこと。

私の肩が治って弾けるようになったら、ぜひご一緒に!…という話にまでなり、そのバンドの切れたアコーディオンを修理のために預かることとなりました。


次に、事務局長をされたHさんのお宅へ。H夫人もかつて同じ学校に勤めていました。ご病気のために舞台に立つことがかなわず、お会いする機会がありませんでした。ご夫婦ともに旧知の間柄でしたので、「ぞうれっしゃ」のことよりももっと古い話に花が咲いてしまい…。

Hさんは昔、大病を患われたことがあります。今は健康のために毎日10km以上歩いていらっしゃるそうです。H夫人の入院中には、病院まで歩いて通われていたとか。直線距離でも往復10数km。ビックリさせられました。毎日歩くことで体調がだんだんよくなっているとのこと。私の「お散歩」など屁みたいなものです。

闘病中のH夫人には私が元気をわけてもらえたほど。いきいきとした話っぷりに、50肩ぐらいでヘコンデはいられないと強く感じさせられました。
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2011年3月29日火曜日

各地のアコーディオンクラブ・サークルⅡ

3月22日にいくつかのアコーディオンサークルを紹介しました。
今回は、その第2弾で、岡山と広島のサークル(クラブ)です。

おそらくこのブログをご覧いただいているアコーディオン愛好家のみなさんには「そんなもん、知ってるワイ!」と叱られそうですが…。

まず、私の両親が育った岡山にある岡山アコーディオンクラブ。なぜか「岡山」と聞くだけで愛着がわいてしまいます。
http://www.ric.hi-ho.ne.jp/accordion/


「西日本アコ仲間のつどい」で年に一度だけお会いするTさんの参加されている広島アコーディオン教室。私もときどきブログに投稿させていただいています。
http://accodion.web.fc2.com/

その「教室」と兄弟?のようなアコーディオン集団NORA。
http://www12.plala.or.jp/hmcc/acc_nora.html

サークルではなく個人のホームページも紹介させて下さい。ブログつながりの東広島市にお住まいになっている「てるおさん」。★趣味のあれこれ&闘病記★という名前です。
http://ww41.tiki.ne.jp/~wanuke-th/

岡山、広島方面ではないのですが、mixiつながりの萩本善久さんが開設されているHP。いきなり音が鳴りますのでご注意を(笑)。
http://www.asahi-net.or.jp/~kx8y-hgmt/index.htm

今日の記事と全く関係がないのですが、散歩をしていて「桜の開花」を発見しました。気象庁に成りかわって、橿原市の「開花宣言」をさせていただきます。

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2011年3月28日月曜日

サークル

北島行徳の「サークル」(文藝春秋)を読みました。

以前にご紹介した天童荒太の「あふれた愛」は、「精神疾患」に陥った人々の「困難を乗り越えるのにそっと後押しをしてくれる」作品でした。


「サークル」は作者が自身のブログで、「精神病を抱えた人と付き合う中で、感じできたことをテーマにしてみました。もちろん、ミステリーやラブストーリーとしても楽しんでもらえると思います。」と言うように、「あふれた愛」とテーマはよく似ているのですが、今の「精神医療」政策や現場の実態を告発する内容も含んでいる作品でした。


小説の「サークル」とは、「東京都T市の一部を塀やフェンスで円形に囲み、妄想型の精神病患者と医療関係者だけの町」…のことです。「閉鎖病棟と大きく違っているのは、病室ではなく町で生活していると患者に思い込ませている点」…。

この「サークル」内で傷害事件や殺人事件が起こり…。話の展開を楽しむ気分にはなれない作品でした。テーマが重いことと展開の仕方が意外すぎること、そのため頭を混乱させられ思考停止状態になること、しばし。


読後感がすっきりせず、午後に少し長い散歩に出かけました。気分が落ち着き、やっと今、このブログを書ける気分になれました。

「あふれた愛」の方が、「精神を病む」人、そして周りの人たちに対して、そっと後押しをしてくれる作品としてお薦めできます。

しかし、ラストシーンで語られる言葉には少し共感を覚えました。「…あの人の輪の中にいれば、救われることもあるはずだ。結局、人間関係で傷ついた心は、人間関係でしか癒すことができない」。「…閉じた円は開かねばならない」。
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2011年3月27日日曜日

ツキコの月

伊集院 静の長編小説「ツキコの月」を読みました。

大正から昭和にかけて、アルゼンチンへの移民者生活を起点に、日本そして満州へと舞台が移されていきます。主人公ツキコの波瀾に富んだ女優人生の始まりを描いた小説です。

この小説の「序章」と「エピローグ」に書かれている言葉が小説全体を象徴しているように思います。


「序章」で少女ツキコが父とタンゴを踊りながら聞かされた言葉、「これから先おまえがどんな人生を歩こうと、今夜私と二人で踊ったことを忘れないでおくれ。あの月が私たちを抱擁していたように、私もいつまでもおまえを抱きしめているからね。この月のようにかがやく女性になっておくれ。月の光のようにおまえのかがやきを誰かに与えておくれ」。


「エピローグ」でツキコが月を見上げながら亡き父に言った言葉、「お父さん、いつかあなたが月のようにかがやく女になって欲しいって言ったでしょう。私、女優になればかがやくものと思っていたけど、そうじゃないことがわかったの。人はどう生きたかじゃない。どんな生き方でもいいから、生きていることが、生きている。それだけでかがやいているのよ。女優しかできないから私はこの先も生きてる限りずっと女優をします」。


ブエノスアイレスに父と弟と暮らしていたツキコが、父の「死」後、命を奪われる危険を乗り越えて神戸へ。神戸で働きながら「演劇」に出会い、弟を残して東京へ。その東京で「女優」として名声を得るようになります。

弟はダンサーを目指し、上京。夢破れてアルゼンチンへ戻り、タンゴダンサーへの道を再び歩み始めます。

「大正デモクラシー」の時代背景を反映して、「演劇」への弾圧、反撃、人々の困窮する生活などが描かれ、その中で大人へと成長する姉弟。長編ならではの話の展開。

父の「死」の真実が明らかにされ…、これ以上書けばこれから読もうとされる方の楽しみを奪うことになりますので…。

平易な言葉で読みやすく書かれた作品で、一気に読んでしまいました。どなたにもお薦めできる作品です。
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2011年3月26日土曜日

アネモネとスズラン

チカコの趣味のアートフラワー作り。昨日、アネモネとスズランが出来上がりました。

数日前、アネモネの葉とスズランの葉を染めていました。アネモネの花弁、花芯等も染めていましたが、染め上がりの色が薄く、「色がおかしい」と、次の日にあらためて濃い色に染め直し。












 両方の葉の裏にワイヤーを貼っています。

 花弁の裏にもワイヤーを貼っています。次に花芯を作る作業。ワイヤーの先に少量の綿を巻き、布でくるみ、その後、花芯の周りに黒のペップを貼り付け。いつもしているように花弁や葉にコテをあてて組み立てが終了。
スズランの花弁にコテ当てをしていますが、このコテが優れもので、花弁の中心に穴を空けながら花弁全体を内側に反り返らすことができるもの。ですから、下に置いているのは厚みのある柔らかいゴムスポンジです。ひとつひとつの花弁の中心に小さなペップを通し、ボンドで固定しています。とても細かい、見ていて肩のこりそうな作業です。組み立てるときは、スズランの「つぼみペップ」をワイヤーの上に2、3粒入れて花弁を数輪巻き付けて一枝としています。何本かの枝の下に先日製作した葉を数枚巻き付けて完成させています。
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2011年3月25日金曜日

人質カノン

宮部みゆきの「人質カノン」(文春文庫)を読みました。
宮部みゆきの短編集を読むのは初めてです。このブログにも紹介した作品がありますが、長編で「はずれ」はありませんでした。

もちろん「読み応え」はありませんが、短編もお薦めできるぐらい気にいってしまいました。

「人質カノン」には表題の短編をいれて7つの作品が収められています。そのうちの3作品は「いじめ」を扱ったもの。どの作品も弱者の視点から描かれ、ただガンバレという直接的なメッセージを発することなく、ホンワカと抱きしめるように包み込む優しさで見守る作品です。

例えば、「八月の雪」では、いじめが原因で交通事故に遭い片足を失った少年がひきこもり状態に陥ってしまいます。その彼が亡くなった祖父の過去を知ることによって、ひきこもりを乗り越えていくさまが描かれています。

「生者の特権」では、飛び降り自殺を図ろうとしていた主人公が、いじめに遭っている少年に偶然会い、彼を励ます行動の中で「これからも生きていく」ことを決意していきます。人との前向きな関わりが、人を励ましていくことが、自分が必要とされていることの実感が、死を決意した主人公自身を変えていきます。

どの作品も、書かれた当時の社会的背景を反映しています。その断片が短編の中に凝縮されていて、長編小説を読んだような錯覚を覚えさせられました。前にも書いたかも分かりませんが、宮部みゆきの作品には「生きる」ことへのエール、特に弱い立場にいる人々への温かいまなざしを強く感じます。
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2011年3月24日木曜日

アコちんどん 野中晴夫さん

アコーディオンの大先輩で、おそらく日本でただ一人の「アコちんどん」として、主に堺市内でボランティア活動をされている野中晴夫さんという方がおられます。

その方は、下の写真のようにパソコンソフトでデジタル伴奏をさせながらアコーディオンを弾き、場合によれば、同時に歌うこともされています。まさに「一人オーケストラ」。


音楽ソフトで入力し、その伴奏に乗せてアコーディオン演奏をされています。もちろん、歌集は年配者向けに大きな活字のものを独自につくっておられます。

数年前、PC楽譜を何曲かいただいたこともあります。「西日本アコ仲間のつどい」で特別講師としてPCを活用して伴奏に役立てる方法を教わったこともあります。でも、ハードルが高いためか?この方式でアコ伴奏を日常的にされているのは野中さん以外にはおられないと思います。

ビックリさせられるのは、年に100日以上、平均して三日に一度はボランティアとしてアコ伴奏やアコ演奏をされておられること。

その活動は地域紙などにも報じられています。
金剛狭山コミュニティ
故郷の家

今日、電話でお話を伺うと、東日本大震災の募金活動のためにさっそく行動されておられ、うたごえ喫茶で募金を募ったり、またある「老人保健施設」で車いす利用者が歌に感動され、スタッフに財布を出してもらってまでしてカンパをされたそうです。また、4月に予定されていた大仙公園の「花と緑の交流館」でのイベントが「自粛ムード」のために中止となったのですが、募金活動をする野中さんのコーナーだけは実施されるそうです。

熱い話に胸を打たれました。このブログで紹介させてほしいとお願いし、今日の記事となった次第です。

あまり遠方には出かけられないとのことですが、もし依頼や問い合わせをされるのでしたら次のメールアドレスにどうぞ!
nonakaaco@u01.gate01.com

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2011年3月23日水曜日

第3回「吉田親家77コンサート」実行委員会

「吉田親家77コンサート」の第3回実行委員会を、いつもの環状線京橋駅構内の喫茶店で行いました。今回の実行委員会でほぼプログラムが確定し、さらに広くコンサートへの呼びかけを行うことになりました。

2月以降、「がんばろうフェスタ」やサークルのコンサート等、5つの会場でチラシを配ってきました。今後、AAA主催の「ビバ・アコーディオン」に参加されている団体や「西日本アコ仲間の集い」に参加された団体・個人などにチラシや「協力のお願い」を送付し、宣伝活動を強化していくことになりました。
詳しくは、「吉田親家77コンサート」専用ブログをご覧下さい(明日中にはアップする予定です)。

実行委員長で「問い合わせ先」となっている永廣さんのところには、すでにチケット購入の連絡がいくつか寄せられていて、「期待」感が高まってきていることを実感させられます。

JAA(日本アコーディオン協会)とAAA(全関西アコーディオン協会)の後援もいただき、実行委員会としてはうれしい限り…。

当日の要員(会場準備、受付、舞台進行、写真、録音・録画など)を出演者以外の方々にお願いしなければなりません。次回の実行委員会では、コンサート作りのためのこうした具体的なことを議題にして行う予定です。
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2011年3月22日火曜日

各地のアコーディオンクラブ・サークル

今回の大震災で甚大な被害を受けた東北地方のことを考えていると、アコーディオンの団体や個人のことが気になり出し、調べてみました。しかし、ネット上では一つの団体が見つかっただけで、その団体のHPやブログも見つけることができませんでした。

見つかったのは、宮城県の仙台アコーディオンハーモニーというグループ。
www.kanto-acco.jp/jikkouiinkainews/0806p5.pdf
(関東アコの古い資料しか見つけることができませんでした。)

昔の資料を見ると、気仙沼にもアコーディオンクラブがあったようです。その代表者の安否確認をすると「生きておられるという情報がある」ことを確認できました。

この機会に北海道や東北、中部、近畿などのサークル情報を調べてみました。HPやブログのない団体は自治体の紹介ページや他団体の資料にリンクをはりました。

もちろんこれ以外にもたくさんのサークルやクラブ、愛好会があると思います。関東では多くの団体がHPを開設されていますので、私もいくつかのサイトを訪問したことがあります。今回は、私自身が訪問したことのなかったサイトと大阪のサークルのみ紹介します。


札幌手風琴倶楽部
http://www.geocities.jp/sapporo_tefukin/index.html

秋田アコーディオン同好会
http://www.akita-kenmin.jp/npo/cgi/dantai/WorkGroupShousai.asp?DANTAINO=717

アコーディオンアンサンブル・キサス(青森県)
http://sky.geocities.jp/miurakatsuaki/

長野県アコーディオン愛好会
http://www.nagano-accordion.com/

佐久アコーディオンサークル
http://www.nagano-accordion.com/area/saku.html
飯田アコーディオンクラブ
http://www.nagano-accordion.com/area/iida.html
長野アコーディオンクラブ
http://www.nagano-accordion.com/area/nagano.html
上田アコーディオン愛好会
http://www.nagano-accordion.com/area/ueda.html

京滋アコーディオンクラブ(久保田良雄氏のブログ)
http://blog.goo.ne.jp/mvs3314/c/6ddabfe9a3b2d317784bb3b37e3293e9

関西アコーディオンクラブ
http://kansaiacco.blog133.fc2.com/

どい川文化の会アコーディオン教室
www.kanto-acco.jp/jikkouiinkainews/3p7.pdf

泉北アコーディオンサークル
http://semboku-acc.seesaa.net/

京阪アコーディオンクラブ
http://www2.ocn.ne.jp/~katudo/dantai_f142.htm
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2011年3月21日月曜日

アコーディオン練習??再開??

左のひどい50肩のため、ずっとアコーディオンを弾いていませんでした。もう10ヶ月にもなります。その少し前は右の50肩のため2年近く演奏することができませんでした(子どもたちには申し訳ないのですが、適当に伴奏だけはときどきしていましたが)。

整形外科での治療も、一応「終了」。また右肩のときのように2年もかかるのではないかと不安感でいっぱいです。昨日の「初級演奏会」で、右手だけで弾き通された方の存在に私の頭がガーンと打たれました。家に帰ってから、考え方をあらため、アコ「演奏」については当分あきらめざるを得ないけれど、右手だけで練習を再開してみることにしました。

アコーディオンの背バンドをいつもよりゆるめると、アコは少し不安定ながら左肩の痛みが少しましな状態でベローイングができます。それでも蛇腹は普段弾いている状態の4分の1程度しか開くことができません。でもこの範囲内なら左手でボタンを押さえようとさえしなければ痛みがなく、どうやら右手だけなら練習可能。

これまで、肩の状態を確かめるために両手である曲を「演奏」しようとし、痛みのためすぐにあきらめる、これを繰り返してきました。いつも私に触れられずに泣いていた「ブガリ」が今日は喜んでくれたことでしょう。

「練習」といっても曲を弾くわけではありません。アコを弾く方ならご存知の「リトル・ベロシティ」を右手だけで。メトロノームで以前弾けていた速さで弾いてみると、指が目茶苦茶。遅いテンポでもうまくいきません。ピアノの基礎がない私には当然のこと。

音の強弱、アクセントなどはまったく無視して、一本調子で弾かざるを得ません。もちろん、ベローイングのアウト、インも無視せざるを得ません。音色スイッチはいちばん負担のかからないHの高音リードのみで。しばらくの間は、ストレスのたまるこうした機械的な練習?に耐えていこうと思っています。今日は1時間も音を出すことができました。徐々に増やしていくつもりですが…???
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2011年3月20日日曜日

関西アコーディオンクラブ・初級教室発表会

関西アコーディオンクラブ初級教室の発表会に行ってきました。第74期と75期の演奏発表会が大東市立文化情報センターで行われ、初級教室生の演奏やクラブ員の演奏を楽しませていただききました。

74期生、75期生の独奏や合奏を聴いていると、昔、私も同じ教室を卒業しましたので、他人事とは思えませんでした。私は、当時とても忙しく、家で練習をほとんどしなかった、というよりできなかったので、2年もかかって修了。身の程知らずの見本で、「クシコス・ポスト」を無茶苦茶弾いたことを懐かしく思い出してしまいました。修了演奏会で劇をしたり歌伴奏をしたりしたことも懐かしい思い出です。

今回の演奏会でも74期生の「寸劇」がありました。いろんな機会に教室生がアコを弾いたことを「再現」したものでした。











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75期生の合奏は「みんなで楽しく」。講師と教室係の方も加わっておられます。
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74期生は「竹田の子守歌」。さすが、一年といえど「先輩」の演奏。
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教室生の演奏の後、クラブの方々の独奏や重奏、合奏が披露されました。その中から一つだけ紹介させていただきます。四重奏の「ザ・エンタティナー」。
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ゲストの吉田親家先生は独奏を3曲、重奏を1曲弾かれました。初級教室講師のIさんとの重奏「サントワマミー」を紹介します。
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「寸劇」やアコ体験タイム、会場みんなで歌う企画…、いろいろ創意工夫のある素敵な発表会でした。
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2011年3月19日土曜日

我が家の庭に咲く花=春がすぐそこに=

我が家の庭に新しい仲間が増えました。1月30日に紹介した花たちの中で、サザンカと紅梅はほとんどちり落ちてしまいましたが、入れ替わるように咲き出したものがあります。
これからが楽しみな椿


1ヶ月以上前から顔を出していたふきのとう


勝手ばえしたムスカリ

これらは、我が家の庭に直接咲く花。それ以外に「鉢」に新しく咲き始めた花がいくつか。

「ひな巡り」のときに買ったクモマグサ

鳥に花弁を食べられたマーガレット


見栄えのしない春蘭


かわいらしい花かんざし


鮮やかな色のラナンキュラス

もう少しで咲きそうな花もあります。ハナズオウとチューリップ、そしてモクレン。もう少しで「春」が本格的にやってきます。
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2011年3月18日金曜日

懐かしき友への手紙

三木卓の「懐かしき友への手紙」(河出書房新社)を読みました。

耳・指・膝・肌・眼・咽喉・血・歯・胸という9つの短編連作集。作者のあとがきによると「人生空間を肉体の部分別にわけて、大小のドラマを編集して象徴化するようなものがたり」です。


中国の大連で幼年期を過ごし、敗戦で引き揚げを余儀なくされ、帰国途中で父、祖母らを亡くした作者の実体験に基づく自伝的な「小説」で、登場する人物も実名のようです。

作者自身が幼い時からの「小児マヒ」や喘息、アトピー性皮膚炎…の経験があり、そして心筋梗塞で倒れて手術を受け生還したという。そんな彼自身の病やけがのことを始め、家族や知人の病と死について、多くのページが費やされています。

例えば、「指」で京都の名高いお菓子「八橋」をとりあげ、江戸初期に活躍した「箏」の元祖とでもいうべき八橋検校という盲目の音楽家を紹介する中で、昭和の「箏」の天才、宮城道雄のことを書いています。その宮城道雄を「眼」では、盲目のため列車のデッキから転落死したことを亡き母の思い出としても語っています。

彼の周りでは次々と「不幸」が襲ってきます。妻が60代で倒れ、長男の急死をきっかけに後を追うように亡くなり、「戦前・戦後の家族共通の思い出を語れるのは、兄だけ」になり、その兄が肺がんで亡くなり…。

あとがきで、「生死は、個人でどうできるものではないが、人はあちこちこわれながらも、勇敢にたたかっていく。そしてわれわれが(略)、人間であることは、はるかにおもしろいことだった。だから、すべては満足と感謝のなかにあるのである」と述べています。

生きることに対する「愛」を描いた作品です。「出会った人々、親・兄弟も含めて、みな懐かしい友」、「彼らに愛と感謝をおぼえないではいられない」という作者の温かい心がじわっと伝わってくる作品です。
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2011年3月17日木曜日

ティファニーで朝食を

トルーマン・カポーティの「ティファニーで朝食を」(村上春樹訳、新潮社)を読みました。中編なのですぐに読める本なのですが、3日もかかってしまいました。

2時間もかからない本に3日もかけてしまったのは、震災や原発のことが頭から離れず集中できなかったことが第一。

そして、あまりにも本の内容がつまらなかったのが第二(もしかしたら、こちらが要因かも)。

「ムーンリバー」の曲で有名な映画。映画と小説が違うものだというのはもちろん承知していますが、訳者の村上春樹が書いているように「主人公ホリー・ゴライトリーについ、オードリー・ヘップバーンの顔が重ねられてしまうことになる。これは小説にとってはいささか迷惑なことであるかもしれない」という指摘が当てはまらないぐらい、いやそういう指摘が不要なほど、私にとっては心を動かされることのない小説でした。


14歳で「結婚」するぐらい不遇な少女時代を過ごした主人公が「自由奔放」に生き、最後には麻薬犯罪に巻き込まれ、逃げるようにブラジルへ移り住むまでを描いた小説。

「自由奔放」といえば聞こえがいいのですが、彼女の口からは信じられないような台詞が次々と発せられます。例えば「でもね、実際のところは、このあいだの晩に勘定してみたんだけど、恋人にした男は全部で11人しかいなかったわ。13歳より前のことは別よ。だってそんなのは数に入れられないじゃない。だから11人。なのにどうして、商売女みたいな言い方をされなくちゃならないわけ?」。


青春まっただ中という人たちが読めば、もしかしたら「いい作品」なのかもしれませんが…、私がもし青春時代に読む機会があったとしても、今と同じ感想を持ったことでしょう。せめてストーリーの展開を楽しめる小説なら、内容がつまらなくてもそれなりに価値はあるのですが…。この小説には、それもありません。
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2011年3月16日水曜日

アートフラワー・スミレ

数日前から、チカコはスミレを作り出し、一応?完成。

作る手順は、いつもとほぼ同じ。葉は型紙にあわせて切り、色をつけます。花弁は簡単。「抜き弁」といって、すでに花弁の形になっているものに色をつけるだけ。

花芯も一つだけなので、一つの「ペップ」をつけていくだけ。

葉は、ワイヤーをつけ、いつものようにコテをあてていました。

出来上がってから、またこの間つくったスイセンを作り始めています。もうすぐ会う予定の友人へのプレゼントのようです。
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