2010年11月30日火曜日

ぞうれっしゃがやってきた

二日前にこのブログに書いたNさんとの再会の続きです。

今日、Nさんから分厚い郵便物が届き、中を開けてビックリ。チラシだけでなく、厚い楽譜の冊子、バスパート用のCDも入っていました。

そのバスパート用のCDをさっそく聴き(約30分もあります)、昔買った「ぞうれっしゃがやってきた」のCDもまた聴きなおしました(約40分)。

聴いていると、昔の記憶が少しずつよみがえってきました。いっしょに歌った子どもたちの表情、声に感動し、歌い終わったときに全身がぞくぞくしたこと…。でも、それ以外の実行委員としての取り組みのことなどがどうしても思い出せません。

本棚に整理せずに固めてあったチラシや楽譜の中に「資料」があるはず、と思って探してみると、昔使った「ぞうれっしゃがやってきた」の冊子(楽譜)と当日のプログラム、そしてビックリしたのは私が作ったニュースが出てきました。


自分が「はびきの音楽会」の実行委員だったことは覚えていたのですが、ニュースを作っていたことはまったく記憶にありませんでした。また、15年前ではなく、18年前だったこともニュースとプログラムを見て、やっとまちがいに気づいた次第。子どもが約100名、大人が約50名だったことも、資料が残っていたから分かったこと。


誘っていただいたNさんには申し訳ないのですが、来年の1月にある「合唱」には参加しないつもりです。18年前は、全部で11章あるうち7つの章だけを演奏したので、私は全部の章を歌えないのです。それに、合唱というのは練習の過程が大切で、もし全章歌えたとしても直前に潜り込むのは失礼なことでもあるし、取り組みの意義にも反すること。


一聴衆として参加するのが一番いいことだと思っています。
もし私のブログを読まれ、「行こうかな」と思われた方は、上のチラシをクリックして下さい。拡大されてほぼ実物大になり、たぶん詳しい内容も読み取れると思います。
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2010年11月29日月曜日

シャンソンの第一人者 故 吉川肇さん

17年前の我が松原アコーディオンクラブのコンサートに、ゲストとして出演していただいた吉川肇さん。

今はもう他界され、二度と生では聴くことができなくなりました。

故吉川肇さんは松原市内にお住まいで、そのご縁で松原アコのコンサートにお越しいただきました。簡単なその場の打ち合わせだけで、吉田親家氏とのデュエットをしていただいたり、アンコールに即座に応えて数曲弾いていただいたり…。

当時、日本ではシャンソンの第一人者。「右に出る者はいない」すばらしいプロ奏者でした。

今日、VHSからDVDにダビングしました。全部をご紹介できませんが、貴重な映像をごらん下さい。氏のアコは、めずらしいピアノ式の「ピエールマリア」。パリで買ってこられた逸品です。

曲は有名なものなので、たぶん一度はお聴きになったことがあると思います。
直前に吉川肇氏と吉田親家氏がぱっと打ち合わせしただけの重奏の一部と、アンコールに応えての演奏のみ紹介します。

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編集がマズくて、音がかなり劣化したり割れてしまいました。素敵な演奏を台無しにしてしまい、「天国」の吉川肇氏に申し訳なく思います。

すばらしい演奏は、吉川肇氏の「思い出のシャンソン」などのCDで聴いていただくしかありません。
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2010年11月28日日曜日

お久しぶりです!!!!

「中和地域平和のつどい」に行ってきました。

ここで、思わぬ人との再会が。それも3人も!

一人目は、15年ほど前に私の職場があった羽曳野市で合唱構成「ぞう列車がやってきた」を準備段階から一緒に取り組んだNさん。元保育士で、今はもう退職されて葛城市内にお住まいだそうです。「ぞう列車がやってきた」は1986年の初演以来、全国各地で取り組まれ、葛城市では来年に子どもも入れて160人規模で演奏されるそうで、「また、いっしょにやりましょう」とお誘いを受けました。70歳を超えておられるとは思えない若々しさにビックリさせられました。


二人目は、同じくぞう列車合唱団の取り組みがきっかけで南河内に誕生し、今も活動を続ける「河南混声合唱団」(私も発足当時だけ在籍していました。アコーディオンクラブと同時には無理となり、退団しました。)にかつて在籍され、今は男声合唱団「昴」の団長をされているTさん。「昴」の第1回コンサート以来の再会でした。今日の舞台に出演した「奈良紫金草合唱団」の助っ人?として来ておられました。この方はすでに80歳を過ぎ、老いて(失礼!)ますます盛ん、という言葉がぴったりの方。「おいでよ!」とお誘いの言葉。


三人目は、二年前に最後にお目にかかったMさん。羽曳野市内の中学校で保健の先生をしておられて、退職されました。退職後、私の勤めていた小学校の新任養護教諭の指導に来ておられました。「年金生活、たいへんやわあ」と話し始めたところで講演開始のためゆっくりお話ができずじまい。

うれしい再会の話はこの辺までにして、「つどい」のことを少し書きます。

お目当ては、午後に行われる、有名な奈良・白毫寺の住職、宮崎快尭住職の「不戦、平和、誓願に生きる」という記念講演。
宮崎住職は80歳なのですが、1時間もたちっぱなしで大丈夫なのかなあ、という心配は無用でした。ご自身は10kmマラソンをされるほどお元気。今の私よりも完全に「若い」方でした。


午前中のお目当ては「紫金草合唱団」の歌。3曲演奏した後、会場全体で「里の秋」などを一緒に歌いました。この「里の秋」はあまり歌われない三番まで。三番の歌詞は戦争が終わって、南方から引き揚げてくる「父さん」の無事を願う内容。

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会場内には、いろんな展示物が。
「つどい」のことを書くつもりが、「おひさしぶり!!」と再会した方の紹介みたいになってしまいました。

今日は来てよかった、と違う意味で思いながら会場を後にしました。


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2010年11月27日土曜日

松原アコーディオンクラブ

久しぶりに、松原アコーディオンクラブへ。

といっても、毎月おこなっている「運営委員会」だけに。

松原アコは、「運営委員会(クラブ代表者、演奏教育係、連絡係、会計などの運営委員を年1回の総会で選出しています)」を定期的に開催し、総会で決まったことの具体化や練習計画、行事、その他もろもろのことをみんなで意見を出しあい運営していくことをずっと続けてきています。

また、夏合宿(半分は親睦が目的で、毎年場所を転々としています。遠く蒜山まで行ったり、長野県の小谷村まで行ったこともあります)と冬合宿(こちらは、コンサートに向けた練習オンリーの過酷『講師の吉田親家先生は特に』なアコーディオン漬けで、観光は一切なし)もほぼ毎年おこなってきました。

こうした20年間守られてきた〈伝統〉が、約20名のクラブを維持・発展させてきた原動力となっています。

私は、運営委員でありながら「50肩」のため6月から休会状態。申し訳ない気持ちで一杯です。

今回は、来年3月の「スプリングコンサート」のプログラム作りが中心議題。

私は、半分チャチャを入れながら…。司会や案内葉書を私がすることに決まってから、後ろ髪を引かれる思いで松原公民館を後に…。

少し長くなりますが、コンサートの告知をさせてもらいます。来年、もう一度詳しくこのブログ上で紹介させてもらうことになるかと思いますが。

日時:2011年3月6日(日)午後1時開場 1時半開演
場所:松原ゆめニティプラザ多目的ホール(3F)
    近鉄南大阪線「河内松原駅」下車すぐ
演奏曲:フィンランディア など合奏3曲
    マイウェイ オーシャンゼリーゼ ラ・パロマ など重奏9曲
    主よ人の望みの喜びよ 第3の男 パリの空の下 など独奏10曲
    クラブ講師の吉田親家氏の演奏もあります
※入場無料

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2010年11月26日金曜日

果断「隠蔽捜査2」

1日に2つも「日記」を書くことに抵抗をおぼえつつ、どうしても書きたい気持ちを抑えきれず、書き出しています。

読み始めの前半が「薄っぺらい」と酷評してしまった今野敏の「隠蔽捜査」に続いて、同じく今野敏著「果断(隠蔽捜査2)」〈新潮文庫〉を読み終えました。

主人公である「異色キャリア警察官」竜崎伸也の言動に違和感をおぼえ、読みづらかった「隠蔽捜査」の前半部分を読み終えたあたりから、少しずつ彼の行動に共感を覚え、この「果断」も読む気にさせられたのですが、この作品で今野敏にハマッていく自分がそこにいることに気づきました。

竜崎伸也の人間くささを彼の家庭での「事件」を通じて描いていることに加え、警察小説としての筋の展開にも飽きさせられることなく…。「金融強盗事件」と「たてこもり犯射殺」をあつかった小説にもかかわらず、爽やかな読後感をおぼえてしまうのは私だけではないと思います。

「隠蔽捜査」シリーズはすでに「疑心(隠蔽捜査3)」が世に出ていますが、まだ文庫化されていないようなので、文庫化を待って読もうと思っています。(短編集の隠蔽捜査3.5も出ているようです)
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「ありがとうございます」

午前10時。かかりつけ医へ。

24時間私の体につけていたホルター心電図と血圧計からやっと解放されました。


夜中に2度、カフが上腕を締め付けたときに起きてしまいました。1度目は、腕を曲げた状態でカフが膨張し「ミス」となったようで、たぶんそのときに目を覚まし、腕を伸ばして2度目の計測に取りかかったところで記憶がなくなっています。もう1回は、腕を伸ばした状態でカフが膨張していることを意識しただけで、あとはすぐ眠りに落ちました。


散歩がてら、歩いてN医院へ。ついてすぐに胸に貼っていた電極を外してもらい、「解析が終わるまで30分ぐらい待っていて下さい」。「果断(隠蔽捜査2)」を解析の結果を気にかけながら読んでいると、「菊政様!」の声。

N医師は「心電図も血圧も異常ありません。このまま続けましょう。」
とっさに出た言葉は「ありがとうございます」。なぜ「安心しました」などと「感想」の言葉が出ずに、真っ先に「お礼」の言葉を発してしまったのか…。

帰り道、歩きながら、ああいう場合には患者としてどう言うのが正解なのか、とつまらないことかも知れませんが、そんなことを考えながら帰宅。

チカコが心配顔で「どうだった」と聞くので「異常なし…」。このときこそ、「ありがとう」と先に言うべきなのでしょうね。
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2010年11月25日木曜日

ホルター心電計と血圧計

数年前から不整脈で、ずっと定期的に通院を続けています。不整脈にもいろいろ種類があって、私の場合は、医者の言葉で「心配のいらない」不整脈。

多くの人は、自分が不整脈であることに気づかないまま過ごしているとのこと。だから、心配は必要ない、と私を安心させてくれようとする配慮の言葉を何度聞いたことでしょう。

最初に診察を受けたときには「心臓超音波(心エコー)検査」でまったく異常なし。普通の心電図と運動負荷心電図(運動をして心臓に負担をかけたときの心電図の変化や不整脈の状態を観察します)を「エルゴメーター検査(固定した自転車のペダルを踏むもの)」でとって、これでも大きな異常はなし。

そして、「ホルター心電計」で24時間の心電図もとりました。このときはもちろん小学校に勤めていましたから、1日ずっと不便を強いられました。解析した結果、不整脈は何度かあらわれているが「心配はいらない」。それ以来、ずっと4週に一度、通院を続けてきました。

今回、もう一度「それをしましょう」ということになりました。今回は前回と違って24時間ホルター心電計にプラスしてホルター血圧計も装着。

さっそく家に帰って、早々と寝間着に着替え、チカコにカフを腕にまき直してもらったのですが、うまくいったのは5回目ぐらい。4回目までは「エラー」が出てなかなかうまくいきません。私は文句を言うだけ。やっと正常に測れるようになったとき、チカコは機嫌が悪くなったようで?だまって1階へ降りて行ってしまいました(後で聞くと、べつに怒っていたわけではなく、昼ご飯の用意があったのですぐに下へ降りただけだったようです)。

1時間ごとに、カフに「ブ~」っという音をさせながら空気が入り、血圧を勝手に測ってくれます。いつも上が100~120なのになぜか高め、下も60~70なのになぜか高め。心電図の解析は明日。

明日の10時までずっと(もちろん寝るときも)この状態のまま。
早く明日が来てくれ!!と心の中で叫んでいます。
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2010年11月24日水曜日

隠蔽捜査

午前中、義父をI眼科に連れて行き、「今回で終わりです。残っている目薬はもう差さないでいいです」。ということで、一応今回の眼科通いはこれで最後となり、ひと安心。患者の多さにかなり遅くなることを覚悟していたのが、案外早く診察を終え、10時にはもう家に。

妻は、亡くなった母親の墓へ。僧侶に墓石を「ただの石」にしてもらうために「仏説阿弥陀経」を唱えてもらいに墓地へ行っていました。昼からは、私も一緒に墓石業者が墓石に法名などを刻むために持ち帰ってもらうのに立ち会い、買い物をして…。

今日、どうしてもしなければならなかったのは、これだけ。後は、今野敏の「隠蔽捜査」(新潮社文庫)を読んだだけ。

期待に反して、前半部分は「吉川英治文学新人賞」をもらった作品とは信じられないぐらいツマラナイ内容。主人公の「東大以外は大学ではない」という考えに反発してのことではなく、言葉の表現、心理の描き方が薄っぺらく(今野ファンの方、スミマセン)、「せっかく買ったのだから、最後まで一応読んでおこう」という気持ちで読み進めました。

後半部分にさしかかって、少しだけ見方が変わりました。「警察小説」というより「家族小説」的な展開に時間を忘れて読まされてしまいました。

この本と同時に「果断」(隠蔽捜査2)を買っておいたことを後悔せずにすみました。このブログをアップしたらその本を読み始めようと思っています。

2010年11月23日火曜日

チューリップの続き

2週間前に作りかけたチカコのチューリップ。

ピンクのチューリップはすでに完成ずみ。


今日は、その続きで、黄色とオレンジの花を作っています。
もちろん、葉も。
今日の作業も、キッチンのテーブル上。

「色が少しおかしいかな?」等と言いながら、まず黄色の花びらを。


次に、いろいろ色を変えながらオレンジに近い色の花を。

今日の作業は、ここまで。あとは後日、ワイヤーを貼って、こてを当てて組み立てる作業が残っています。3色のチューリップがどう「咲く」のか、楽しみです。

2010年11月22日月曜日

佐々木譲 いったん打ち止め!!

3分の1まで読んでいた佐々木譲の「警官の血」(下巻)を読み終えました。

下巻には「二代目」の民雄と「三代目」の和也の警官人生が描かれています。

下巻を読み終え、「解説」を読んで初めて知ったのですが、この小説はテレビドラマ化されていたそうです。妻のチカコに聞くと、そのドラマを見たとのこと。私は、昔からテレビドラマを見ることはあまりないので、放送されていたことは全く知らなくて当然です。

たまに、読んだ小説がテレビドラマ化されたり映画化されたりしたものを見ることはありますが、原作と全く質の異なった、低下したものになっていることが多く、がっかりした経験が何度かあります。

でも、どんなドラマだったのか見ておきたかった、と悔やまれるぐらいいい作品でした。

これで、いったん佐々木譲の作品を読むのはやめにして、同じ系統?である今野敏の警察小説(すでに買ってある「隠蔽捜査」)を読み始めようと思っています。

2010年11月21日日曜日

京阪アコーディオンクラブ=コンサート=

京阪アコのコンサートが、寝屋川市民会館でありました。1時半から3時半まで、タップリ2時間。

京阪アコは人数が減り、出演は5名。5名が合奏7曲+アンコール1曲、重奏3曲、独奏5曲。とっても力量のあるクラブです。

会場の小ホールは満員状態。照明や司会、椅子の出し入れを5名のクラブ員で。見ていて感心しました。

まず、オープニングは「アイーダ凱旋行進曲」(ヴェルディ作曲)。

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そして、合奏「コンドルは飛んでいく」に続いて、5人の方の独奏。

その中からブログに載せることを了承していただいた若手男性O氏の「二つのギター」。

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休憩をはさんで、第2部は、重奏3曲と合奏4曲。

その後、講師の吉田親家先生の独奏が4曲。「スペイン」「アンダルシアのロマンス」「ディジーフィンガー」「マジックフィンガー」。ブラボー!!の声がとびます。


最後に、合奏「威風堂々」とアンコール曲「ラ・クンパルシータ」。


来年は「裏方」を手伝って、少しでも出演者の負担を減らしてあげたいと思うぐらい素敵なコンサートでした。

2010年11月20日土曜日

3億年の壮大な自然の生いたち

奈良県立橿原公苑で「子どもと教科書橿原ネット21」主催の講演会に参加しました。

講師は名古屋大学理学部物理学科を卒業された南浦育弘氏(元奈良県立高校教諭)。

学生当時、ノーベル賞を受賞した益川氏が助手として関わっておられたそうで、そのお話も冒頭交えながら、「大和大峰研究グループ」の一員として38年間野外調査等をした結果を「大峰山・大台ヶ原山 自然のおいたちと人々のいとなみ」という本(築地書館)にまとめられ、その中から「第1部 大峰山・大台ヶ原山のおいたち」について、豊富な資料を示しながら話されました。

ここで詳しく書くことは差し控えます(というより、書けません!!)が、ジュラ紀から白亜紀(なつかしい言葉です)を中心とした大峰山系の地質の特徴、およそ1500万年前に起こった火山活動で大台ヶ原の原型ができたこと、そのときの火砕流堆積物がそのまわりにはなく、榛原・名張・曽爾・春日山などから発見されていることなど、この研究により今では学会で定説となりつつある内容を詳しく話されました。

講演を聞いた後は、本を買うのが私のならわし?なのですが、今回は読み切る自信がなく、断念。

今、ボーッとした頭でこのブログを書いています。いや、書き終わりました。

2010年11月19日金曜日

また佐々木譲を

佐々木譲はしばらく止めて、他の作家の本を読むつもりが、またというか、ついというか、佐々木譲の本に手が伸びてしまい、買ってしまいました。本当は、今野敏の警察小説「隠蔽捜査」を先に読むつもりで買っていたのですが。

今回の作品は、「警官の血」(上巻)。もちろん、下巻も同時に買いました。

「三代の警官の魂を描く、空前絶後の大河ミステリ」の謳い文句につられて買ってしまったのですが、とても読み応えのある本でした。

一代目の「清二」は戦後の混乱期に生きた警官。戦後の東京(日本)の混乱した生活史、高度経済成長へ向かう復興の時代を背景とした当時の警察史でもあります。

二代目の「和也」は「60年安保」や「赤軍派」を象徴とする公安警察の警察史の一端を垣間見せてくれています。

下巻ではどういう展開になるのかは分かりませんが、今日この上巻を一気に読んでしまったほど話の展開に引き込まれてしまいました。

今日一日、他にしたことと言えば、庭に最近頻繁に現れるアシナガバチを数匹退治したことぐらい。このときだけです、外の爽やかな空気を吸ったのは。あとはずっとこの本を読んでいました。

お薦めに値する本です。まだの方は、ぜひ、ご一読あれ。

2010年11月18日木曜日

neneroro(ネネロロ)

奈良アコーディオン愛好会の創立に尽力され、その後も中心的に運営にあたられている私の大先輩(頭が上がりません)I氏と一緒に大阪市内にあるアコ修理のneneroro http://neneroro.com/へ。

neneroroに行くのは、2回目。1回目は、奈良アコを裏方として支え、HPも管理しておられるT氏のアコ修理のために一緒についていきました。

今回は、I氏のアコ修理と私のアコ修理・調律のため。

neneroroに着き、中へ入ると前回来たときと様子が変わっていてビックリ。リノベーションされていて、展示などもスッキリ。珍しいアコーディオンも展示されていました。


鍵盤が円弧状になっているのがおわかりでしょうか。このアコーディオンはfioraniという1945年製のイタリアのアコ。写真では見たことがあるアコですが、実物を拝めるとは思っていませんでした。

また、特別に見せてもらったのが、1960年代にだけアメリカで作られていたロック用のアコーディオン。これには驚かされました。形状も変わっているのですが、スイッチの切り替えにより、一つの鍵盤を押さえると、同時に2つの音が出せる(5度音程)のです。


neneroroの中を見ているだけで、楽しい気分になってきます。そして、修理をしてくれる通称ぎんちゃん、岡田路子さんの活き活きとしたお話がとっても新鮮に感じられ、余計に楽しい気分になってきます。

オット、肝心の修理の方ですが、I氏の「音が出ない」原因はほこりによるもので、すぐに修理が終了。

私の方は、もしかするとリードが折れている可能性があるとのこと。調律もしてもらうので預かってもらいました。

2010年11月17日水曜日

医者通い

この1週間は、「医者通い」が多くて、あっと言う間に過ぎてしまった感じがします。

まず、先週の水曜日。これだけは、私自身の50肩の治療のため、一人で医大病院へ。

土曜日は、同居している義父のかかりつけ医であるA医院へ。いつもなら月曜日に診てもらっているのですが、月曜日にレーザー治療が入ったので、急きょ日程を変更。

月曜日は義父を乗せてB眼科へ。以前、白内障の手術を受けたのですが、後発白内障になり、治療は外来でレーザーによって濁りを取り除きました。この治療は点眼麻酔のみで行い、数分で終わる簡単なものでした。

火曜日は、かかりつけ医から紹介してもらって何度か通った片道1時間近くかかるC病院へ。この病院へは開業医の医療機器では判断できない部分を検査してもらうために何度か訪れていました。担当医の所見によると、義父の通院は今回で最後になるとのことでひと安心。

水曜日(今日)は、再びB眼科へ。レーザー治療の術後の様子を見てもらうため。結果は良好で、来週の水曜日にもう一度診てもらえば、義父の眼科通いはひとまず終了?

いつも妻のチカコがいっしょ。私は運転手役だけ。杖をついて歩く義父に寄り添い、携帯用の酸素ボンベを運び、窓口へ行き…はチカコがしています。私は安全運転を心がけるだけです。

2010年11月16日火曜日

YouTubeで見つけた!!第2弾

昨日に続いて、YouTubeで見つけた楽しい映像、珍しい映像、○○映像を紹介します。

まずは、全く初めての弾き方(ローランドのVアコだからできる技)で、タイプライター式ジャズ演奏を発見。普通のアコでは絶対に無理。
http://www.youtube.com/watch?v=_XOcnTluaec


次は、ボタン式アコの早弾き。恐ろしく速い右手の動き。鍵盤式のアコでは無理?
http://www.youtube.com/watch?v=NVbuIZ-5-8o


次は、ジャグリングを交えたアコ演奏。演技者にあわせてアコを弾くのではなく、演技しながらアコを弾いています。
http://www.youtube.com/watch?v=f5rlgGvFSIc

次は、バランス芸。
http://www.youtube.com/watch?v=5vhNhNVP6t0


最後に、プーチンとメドベージェフを皮肉った漫画デュエット(テレビ番組のようです)。
http://www.youtube.com/watch?v=03dWmYx2ksI
言葉の意味はまったく分からないのですが、なぜか笑ってしまいます。

2010年11月15日月曜日

iPad Accordion

今日はYouTubeでいろんなアコーディオンの曲を聴きました。

その中から3つ、紹介します。

まず、ビックリしたのは(アイパッドのことをほとんど知らないから?)、iPadでアコーディオンを弾くソフトがあるらしく、初めてお目にかかった動画です。
http://www.youtube.com/watch?v=IBHeEmKQ_uI

次に、ほとんどがベローズ・シェイクを使った見事な演奏。並外れた体力と正確さには驚かされます。
http://www.youtube.com/watch?v=EFNNPZsO7-Q
最後は、おまけです。少しアクロバティックな大道芸のアコ弾き。
http://www.youtube.com/watch?v=GEtHBMJX8j4

2010年11月14日日曜日

私が彼を殺した

東野圭吾ファンなら、もうとっくの昔に読まれたであろう「私が彼を殺した」(講談社文庫)。いつもの癖で、積ん読状態(半分近く読んだまま4日間ほどほったらかして、他の本に手を出していました)だったのを、今日読みました。

「積ん読」がひどいときは1~2ヶ月たってから、途中まで読んでいた本をまた読み始めることも。

今回は、そんなに時間がたっていないので始めに戻って読み返すこともなく、すぐに読了。

イヤー、楽しい推理小説です。犯人を最後まで明かさず、読者に当ててミヨ、という犯人当て小説。あまりこういう手法の小説はお目にかかれません。

3人の「犯人候補」が次々に〈一人称一視点〉で語り、それが何度も繰り返されて最終結末まで進みます。最後に刑事が「犯人はあなたです」、これでオシマイ。

講談社文庫版には、最後に推理の手引き《袋綴じ解説》をごていねいにも用意してくれています。が、もちろんその解説にも犯人は隠されています。イヤー、楽しい推理小説でした。

犯人の推測はついたのですが、試しにネットで検索すると驚かされました。ネット上で「犯人」を教えあっているのです。質問する人の多さと、それに答える人がいること自体ビックリ。たぶん、東野圭吾も嘆いていることでしょう。

2010年11月13日土曜日

またまた昔の映像

VHSで保存していた昔(アコを始めて数年後)の松原アココンサートのビデオをDVDに今日、保存しました。なつかしく思い出しながら見とれてしまいました。

今はもう亡くなっておられる方が映像の中に生きています…。

もうクラブを離れて、何年も会っていない方もおられます…。

ただガムシャラに弾いている昔の自分がそこにいます…。

あのころ、学校の仕事関係でとても忙しく、アコーディオンの練習時間は、給食をガガッと早食いし、給食が終わるチャイムが鳴るまでのほんの15分ぐらい。練習はたったこれだけ、という日がずっと続きました。帰るのが遅く、家では全く練習できない日が続きました。

きっとあのころ担任した子どもたちは「アコーディオン」の音が嫌いになったのでは?? 毎日毎日同じヘタクソナ曲をかってに弾く担任。いい迷惑だったに違いありません。


今から16年前の若いわか~い私のがむしゃらなだけの演奏(「ポエマ」)を最後まで聞いていただいた人には、私から言葉のプレゼントを贈ります。
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「オツカレサマ」

2010年11月11日木曜日

糞害に憤慨=その3=

=その2=を書いた日の続きです。ネットをその翌日に購入する予定でしたが、最近行っている一番家から近い「百均」に在庫がなく、取り寄せてもらうことになりました。電話を受けて、昨日受け取りに行きました。

ネットを張る準備をしようと1階に降りたら「ネコが2匹もいてる!!」と、チカコの声。

急いで出てみると、生け垣のところで2匹がのんびりとひなたぼっこ中。ほうきを武器代わりに手に持ち、道へ出てネコを威嚇。すると2匹ともまだネットのないところから庭へ飛び降り、庭でチカコが追うと、今度は同じ生け垣のところから私の横に飛び出し…。

一騒動があってから、二人でネット張り開始。

まだ門柱の左側から出入りができるのですが、そこにはとりあえず鉢などを置いておきました。

この1週間、一度だけ糞害をうけました。さあ、これでどうなるコトヤラ…。

2010年11月10日水曜日

注射による治療

リハビリ科で理学療法士にストレッチをしてもらえなくなってからも、毎日、自宅でのストレッチだけは続けてきました。

かなり左肩の可動域がひろがってきています。日常生活で不便を感じるのは、ベルトをズボンに通すときや風呂で右肩付近を洗うとき、車の運転、服の着脱、ドアの開け閉め…。まだまだたくさんありますが、一時に比べればずいぶん楽になりました。

夜中に痛みのため何度も起きて熟睡できなかったり、クシャミをしただけで肩に痛みが走ったりしていた頃と比べると、天と地の差。

今日、最初に通院していたリハビリ科のある病院の担当医から紹介してもらい、2ヶ月前から通っている医大病院へ。これで3度目。そこは、注射を肩関節に打ち、痛みを和らげ、痛みの少ない状態でリハビリを行い、肩の可動域を増やす、という治療方針。

この注射は約3週間効き目があるのですが、今回は前回から4週間後。この3,4日は痛みが増していました。次回は、3週間後。そのときの肩の状態により、注射による方法を止めるか続けるかを決めるとのこと。

あ~あ、早くアコーディオンを弾けるようになりたい!!!!!!!!!!!

2010年11月9日火曜日

チューリップとリース

アートフラワー作りが好きなチカコは今、チューリップ作りの真っ最中。最近、新しい作品を二つ仕上げたばかりだというのに…。

すでに切り取ってあったチューリップの花と葉に、今日は染色をほどこしています。緑の葉に花の色であるピンクを一部分塗っているので、訳を聞くと、「全体の調和をよくするため」とのこと。私にはサッパリ…??

今日の作業予定が終了したと思ったら、リース作りを始めました。

親戚の人がもうすぐ出産するので、その出産祝いに添えるためとのこと。
こちらは、染色など一切なしで、パーツを組み合わせるだけなので、私にもできそう???

2010年11月8日月曜日

発泡酒

最近、家で「ビール」を飲むことはマレ。「発泡酒」が中心となりました。

もちろん、退職して収入が全くなくなったことが要因ですが…。

アルコールには弱い体質なのに、風呂あがりに飲む一杯はウマイ!! たくさん飲めないので350ml缶で大満足。

学生時代、サークルの合宿で日本酒を立てつづけにコップ7杯分も飲んでしまい、急性アルコール中毒になったことがありました。記憶がとんだ経験は後にも先にもこのときだけ。何度も吐き、その中に血が混じっていることに気づいた仲間たちが、あわてて救急車を呼んでくれました。

私は、その「血」を全く覚えてはいません。ただ、隊員が私を移動させるときに苦しかったことだけは覚えています。病院ではお尻にすごく太い注射器で注射をされたみたいなのですが、これも記憶になし。

その後、左右から友人二人にかかえられて「オシッコ!!!!」に連れて行ってもらったことは、なぜか覚えています。

そんなことがあって以来、日本酒はあまり飲みません。もっぱらビール(今は、発泡酒)。

2010年11月7日日曜日

小森陽一さん

橿原市9条の会の5周年記念行事、小森陽一さんの記念講演を聞きに行きました。

小森さんは東大大学院教授で、専攻は日本近代文学。彼の話を聞きたくて妻のチカコといっしょに橿原市文化会館まで。
演題は「憲法9条と世界の平和」。

内容を書くと長くなるので省略。

講演会終了後、彼の著書「記憶せよ 抗議せよ そして 生き延びよ」(シネ・フロント社)を購入。もちろん、本にサインをしてもらいました。
この本は、小森さんが映画雑誌「シネ・フロント」で対談したものをまとめたもの。対談者は、井上ひさし氏、黒木和雄氏、井筒和幸氏、高畑勲氏、山田洋次氏など豪華メンバー。

今読みかけている本を読んだら、この本をさっそく読もうと思っています。

2010年11月6日土曜日

ぶらり見てある記

今日は、目的地なしでドライブ。

退職前もときどき古刹巡りや博物館巡りをしていたのですが、退職後は、初めて。

下の写真、どこだか分かりますか?公園にサルが飼われていました。
答えは、後ほど…。

先に次の写真をごらんあれ。

これで、今日は堺市に行ったことがおわかりだと思います。

答えは「大浜公園」です。

この公園からしばらく南へ行くと上の写真の「とれとれ市」にたどり着きました。
「とれとれ」とうたうのですから、堺の漁港に水揚げされた魚類が並んでいると思いきや、全くの期待はずれ。よそから仕入れたホタテやアサリ、干物が主力。

一番驚かされたのは、鮎の塩焼きが売られていたこと!!

結局何も買わずに、「とれとれ市」をあとに。


漁港の見学をした後、寄り道しながら我が家へ。

2010年11月5日金曜日

今日読んだ(聴いた)本

大野修平著「哀愁と歓びのシャンソンの名曲20選」(中経出版)を今日読み(聴き)ました。

いわゆるCDブックで、ページ数はわずか95ページ。著者が、シャンソンの代表的な名曲を選曲、解説している本。

音源はとても古く、1920年代から1960年代のレコードより収録。例えば、ジョルジェルの「パリの橋の下」、リュシエンヌ・ボワイエの「聞かせてよ愛の言葉を」、リス・ゴーティの「パリ祭」、イヴェット・ジローの「あじさい娘」、エディット・ピアフの「バラ色の人生」、サルヴァトーレ・アダモの「雪が降る」などが収録されています。

「幼くして両親と生き別れ、祖母が営む娼館に身を寄せる。一度は失明したものの奇跡的に回復し、後に大道芸人の父に引き取られ、日銭を稼ぐためにストリートで歌っているところを、名門クラブのオーナー、ルイ・ルプレに認められ、その歌声から“ピアフ(雀)”と名づけられる。やがて世界的なスター歌手となった彼女は生涯最愛の恋人マルセルと出会」う…gooの映画解説より…エディット・ピアフの映画「エディット・ピアフ 愛の讃歌」を観て、私の好きな「愛の讃歌」の生まれた背景を知ることができました。

この本は、短いエピソードながら、曲の生まれた背景、歌手のたどった道などを紹介しながら、曲の聞きどころをやさしく解説してくれています。

残念ながら「アコーディオン」の音色は数曲にしか入っていません。シャンソンの入門書として、またアコーディオンでシャンソンを弾くときの参考書として、お薦めに値する本だと思います。

2010年11月4日木曜日

糞害に憤慨=その2=

その後、人工芝には一度も糞害なし。

でも、庭の砂利には4日前にまたヤラレていました。
間隔が開いたことは確か。

百均の最後の出番は、ネット。1.8mのものを三枚、生け垣の内側(外側だと見栄えが悪くて…)に本日設置。まだ足らないので、明日にでももう三枚、追加分を購入予定。
これでもだめなら、ネットで購入できる(高いのが難点)猫が嫌がる「超音波」で撃退できる「ガーデンバリア」を導入するつもり。

商品のうたい文句として「使い方は、電池を入れて、被害場所に向けて置くだけ。特に、他にやっていただくことはありません。早ければ設置翌日から、遅くとも2、3週間で猫が寄り付かなくなります。(最長で3ヶ月程度要する場合もある)しかも、忌避効果が認められれば猫が馴れることなく、その効果は半永久的に続きます。」とあります。

また「結果的に効果が得られなかった場合、180日(半年)以内に限り返品を受付け、お支払い頂いた全額を返金させて頂きます。使用中で汚れていてもかまいません。台数に関係なく、ご負担頂いた送料も含めて全額返金させて頂きます。」とのこと。

この商品が最終手段のようです。

でも、金をかけたくない!!
どうか、百均だけで撃退できますように…。

2010年11月3日水曜日

黒滝こもれび美術展

奈良県の「黒滝村村づくりプロジェクトチーム」が主催する「黒滝こもれび美術展」に行ってきました。

この美術展で、「新音アコ」と「奈良アコ」が出演するイベントが「こもれびホール」でありました。

黒滝村は、奈良県のほぼ中央に位置し、「奈良のへそ」と呼ばれており、北は桜の名所 吉野山、東は大台山系が連なる川上村、西は下市町及び西吉野村、南は大峯山系のふもと天川村に境を接していて、林業を主産業とする「村」です。

ホール内外に円空彫の特別出展が41点も展示され、また、ホール内の壁面には多くの絵画が展示してありました。


その「美術展」のイベントとして「アコーディオン演奏」が組み込まれています。
新音アコから5名、奈良アコから3名が合奏5曲、独奏8曲、歌伴5曲を。

その中から合奏曲「満州の丘に立ちて」の一部を紹介します。

video

次に、我が奈良アコーディオン愛好会の重鎮、片山氏による「小さな喫茶店」を紹介します。

video

もっと紹介したいのですが、このぐらいでご勘弁を。
ちなみに、観客は約90名。アコーディオンの生演奏を聴くのが初めての人が多数のもよう。
ボタンアコの岩野氏の演奏中には、楽器についての会話があちこちから聞こえてきていました。
私も出る側にまわりたかった!!


終了したのは、5時20分近く。帰りは、暗い山道をこわごわ運転して、帰宅。

2010年11月2日火曜日

たわごと・まさに徒然日記

早期退職して、7ヶ月。

7月に義理の母が亡くなるまでは、3月までの生活とのギャップに戸惑う毎日。でも、妻と病院通いを続けていたので、「後ろ」を振り返ることはあまりありませんでした。また、自分自身の50肩との精神的、肉体的なたたかい(大袈裟!?)もあり、振り返る余裕もありませんでした。新しい出会いは読書の世界だけ。

8月に「四十九日」を終えた頃から、家にいてもできるネットの世界に少し首を突っ込み、特に10月以降はmixiやこのブログを始めたこともあり、一日に最低2回以上はネットの世界に向き合うようになりました。

退職前もパソコンをよく使っていましたが、文書を作ることがほとんど。ネットに入ることはあまりなく、メールのチェックもほとんど行わず、メールを送ってもらう意味がなかったことも。


50肩が治り、また、自分を取り巻く状況が変わったら、毎日のようにネットの世界に入ることはなくなるかも知れませんが…。西日本アコ仲間の集いや銀座アコーディオン音楽祭などアコーディオンでの外出、観光、買い物…などで出かけることはあっても、「受け身」の立場。充実感を味わうことなく…。


ネットの世界によく入るようになってよかったことが2つあります。mixiを通じて昔の教え子(あまり好きな言葉ではないのですが)と少人数ですが連絡が取れるようになったこと。卒業してから今でも連絡を取っているオシエゴもいるのですが、新たに消息が分かり…。そして、高校の同窓生にmixiをきっかけに再会できたこと。


なにしろ自我が芽生えてから初めてなのです、ずっと家にいる、ということは。早くこの状況を脱したい気持ちが日に日に増幅して…。でも、「後ろ」を振り返ることもイイモンダ、と卒業生や同窓生に連絡がつくようになって思い始めています。本当に、複雑な気持ちです。

こんなことをブログに書くなんて、1年前の私には考えられないこと。

やっぱり書かなければヨカッタ!?

2010年11月1日月曜日

音楽のおもしろいお話

つい最近読んだ「贋作・盗作 音楽夜話」玉木宏樹著(北辰堂出版)には、音楽に関するおもしろいお話が満載。

◆山田耕筰の「赤とんぼ」が、シューマンの「ピアノとオーケストラのための協奏的アレグロ、作品134」にそっくりなことを、作家の吉行淳之介が指摘。その後、作家の石原慎太郎が随筆にそのことを書くと、山田耕筰が強く抗議したとのこと。

筆者によれば、日本語のイントネーションに独特のこだわりを持つ山田耕筰の曲の中で、「赤とんぼ」だけが例外で、「あかとんぼ」の「あ」と「か」まで長六度も下に跳躍し、奇妙なイントネーションになっていることが気になっていたと書いています。

「ドイツへ行って、日本の代表曲だと言ったら反感を受けるかも知れません」とまで書いています。

◆そのドイツに関連して、「音楽の父」と言われる、バッハ。「音楽の父」と学校で教えたりしているのは日本ぐらいのものだそうです。

バッハは生存中、「古くさい変人扱い」され、代表作の「マタイ受難曲」も、死後80年目にメンデルスゾーンが復活上演するまで曲の存在を知るものがなかったとのこと。そんなバッハがハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンに影響を与えるはずがないと、筆者は言い切ります。

その有名な「マタイ受難曲」のクライマックス「血潮したたる主のみかしら」がハンス・レオ・ハスラーの「わが心は千々に乱れ」(失恋ソング)の全くのパクリとのこと。

◆最終章では、有名な小林亜星「どこまでも行こう」と服部克久「記念樹」の裁判のこと。2002年10月4日、東京高裁は亜星さんに勝訴を言い渡しました。

判決の中で(ここからはwww.remus.dti.ne.jp/~astro/hanketsu より)


【類似性についてのまとめ
「記念樹」は、その一部に「どこまでも行こう」にはない新たな創作的な表現を含むものではあるが、旋律の相当部分は実質的に同一と言い得るものである上、旋律全体の組み立てに係る構成においても酷似しており、旋律の相違部分や和声その他の諸要素を総合的に検討しても、「どこまでも行こう」の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しているものであって、「記念樹」に接する者が「どこまでも行こう」の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるものというべきである。】

著作権や編曲権についても考えさせられる本。ぜひ、ご一読あれ。